手_3

 その年の春、娘は蕪や青菜の種撒きのことを考えながら、畑へ向かっていた。その途中で娘は、山へ猟に向かっている、馬に跨った島の領主の一行と出くわした。娘は道端へと下がり、粗末な着物を上手にさばきながら、膝を地面につけ深々と頭を下げた。
 娘の美しい所作が目に留まった領主は、馬の脚を止め、娘に声を掛けた。「田畑へ向かうのか。」「はい、そうでございます。」娘は小さいが涼やかでよく通る声で応えた。その声にますます領主の娘への関心が高まった。「この辺りの者か。」「はい、山の麓に住まわせて頂いております。」やはり、娘の声は耳に心地良い。「娘、そなた、良い声をしているな、顔を上げよ。」「はい。」娘は馬の脚の付け根辺りを見るように顔を上げた。「こちらに顔を見せよ。」「はい。」領主は娘と目が合った。領主がこれまでに見てきたどの女よりも、黒目が大きく、鼻筋が通り、形の良い赤い唇をした可憐な娘であった。領主は、一目で娘に心を奪われた。
 「狩りはやめだ。この娘を屋敷へ連れて帰ろう。」領主が家臣の一人に一声かけると、その者はひらりと馬を降り、娘の腰を掴んで抱きかかえた。そのまま、自分の馬に乗せた。領主一行は馬の鼻先を来た道の方へ向けると、娘を連れて屋敷へと連れて帰ってしまった。
 その様子を遠巻きに、屈んだ隙間から覗いていた村人たちは、領主一行が見えなくなると、男の畑へ駆けて行った。二三人の男たちが息を切らせてこちらへ走ってくる様子を見て男は驚いた。そして彼らの話を聞いて、さらに驚いた。