錦太郎の話_1【下書き】

 錦太郎は生まれながらの苦労人である。両親は次男である彼に多大な期待を寄せていた。そんな両親の熱視線は日々錦太郎に注がれている。彼はその視線をかいくぐり、毎日のようにガールハントのため街へ出て行く。毎日のように行われているこの狩りは、面子がほぼ決まっていた。呉服問屋の次男である錦太郎、薬問屋の次男である効次郎、金物問屋の三男坊の剛三郎の3人である。
 効次郎の実家である薬問屋の主力商品は風邪薬である。彼はその散薬を季節の変わり目の春と秋だけ行商で売り歩き、夏と冬は毎日のように街をぶらぶらと歩いている。彼がこのように呑気に暮らしていられるのには訳がある。医学を修めた長男が試行錯誤の末、心臓の病に効く(という謳い文句の)薬を新しく調薬した。それが、動悸が気になってきた金持ちの爺さんたちに高く売れているのだ。その儲けで実家が潤っていることを、効次郎は十二分に分かっており、今の内に、家の金で遊んでやれ、とのらりくらりと遊びまわっている。ただ、長男の嫁はそんな効次郎のことを快く思っておらず、いつか追い出してやろうと、虎視眈々とその機会を狙っていた。
 剛三郎のところは、十歳離れた長男と八歳離れた次男がいる。この二人が大層のしっかり者で、長男は商いの才があり、次男には金物職人としての腕がある。おまけのように生まれた鋼三郎は両親にも二人の兄にも甘やかされ、勉学も商いの手伝いも要領よく手を抜いて、おままごとのような金物細工の修業をしてお茶を濁している。そのことを快く思っていない、古株の番頭の爺さんは鋼三郎の顔をみると、いつでも彼の素行を諌めた。「何事も身につく様、実になる様に努めるのですよ、そうでもないと、坊ちゃんは何にもできない、何もしようとしない、ろくでもない人間になってしまいますよ。」そんな番頭の小言も、聞きなれた剛三郎には馬耳東風。世間勉強だと丁稚に言い含めて、番頭の目を盗んでは街へ出かけていた。