お月さま旅にでる_【完成】

夜、月は沢山の星々に囲まれて、楽しく過ごしています。星々は噂話が大好きで、毎夜、月に話して聞かせます。近頃はベガとデネブの仲が良いとか、そのためアルタイルは機嫌が悪いとか。月は気に入りの椅子に座り、延々と続く星々の話に耳を傾けます。こうして月と星々は、夜通し、話をして過ごすのです。
反対に、昼の月はとても退屈しています。太陽はその輝きを磨くことに忙しく、風たちは挨拶もそこそこに通り過ぎます。そして人見知りの海は、月と目が合うと黙ったまま会釈をするのです。昼間に、月と話してくれるのは、高い山の頂にいるワシ岩か、悠々と空を流れる雲だけです。
 ワシ岩は高々と連なる山脈の頂にあります。月が東から南へ移り、山々に近づく時、ワシ岩と話すことができます。声が届くところに来ると、月は元気よく挨拶をします。すると、ワシ岩は優しい声で挨拶を返してくれます。それから、山での草木の移り変わりや、動物たちの近況を教えてくれるのです。また、流れる雲は月に近づくと、あちらから声をかけてきます。そして雲は、近頃見かけたという、斜めに建っている塔や、三角の大きなお墓について話すのです。
 初夏の朝、月は、ぼんやりと東の空から昇りました。早々に退屈した月は、あくびを繰り返していました。そんな月に、雲は声をかけました。「月くん、ちょっと旅に出ようか?今日はよく晴れているし、宛先を決めずに出かけてみようよ!」雲の申し出に、月はとびはねて喜び、大急ぎで支度をしました。天の川でくんだ水を水筒に入れ、そよ風の帽子をふわりと被りました。それから、遠くで眠っている星々に「僕、雲くんと旅に出るよ!」と大きな声で言いました。
 月の用意が済んだのを見て、雲は風に乗り、すいすいと先へ行ってしまいました。だんだんと濃くなっていく青空を背に、高々と連なる山脈に向かって流れて行きます。月は慌てて、雲の後ろを追いかけました。月が雲に追いついて、雲が月を追い抜くうちに、ワシ岩が見えてきました。
 「雲くん、おはよう。」ワシ岩の挨拶に、雲は手を振ってこたえます。「月くん、元気だったかね。」ワシ岩は月を見て微笑みました。「はい。今日、僕は雲くんと宛先のない旅をしているんです!」月は笑顔で答えました。「それなら二人に、とっておきの場所を教えよう。」「とっておきの場所だって。」二人は顔を見合わせます。「このまま南の空をずっと飛んでいくと、海の裂け目が現れる。そこから海の底へ降りて行けるのだよ。」二人はワシ岩にお礼を言い、再び出掛けました。
 月と雲は、速い風を捕まえて、空をびゅんびゅん駆けていきました。「見て!海の裂け目だよ!」月は、雲の指さす方を見ました。海の裂け目は、大きな滝のようでした。「僕は、水に入ると消えてしまうんだよ。」と雲が言うので、月は一人で海の裂け目を降りることになり、鼓動が高鳴りました。月が裂け目を降りていくと、小さな灯が見えてきました。海の底に近づくにつれ、灯はだんだんと大きくなり、その数も増えました。海の底は、真昼のように明るく照らされていました。
 海の底に着いた月が、きょろきょろと辺りを見回していると、向こうからウミヘビがやって来ました。「あらあら、珍しいお客様だこと。」「僕は月です!ワシ岩さんに教えてもらい、やって来ました!」月の元気な挨拶を、ウミヘビは気に入ったようです。「これからお茶の時間ですの。あなたも、ぜひ寄って行って下さいな。」月は目を輝かせて頷きました。
 ウミヘビは、月を自分の家へ案内すると、てきぱきと用意を始めました。コンブ茶とヒジキ菓子をお盆にのせて、岩の椅子に座る月の前に出しました。月は初めて飲んだコンブ茶の感想を「とっても、美味しいです。」と素直に伝えました。さらにウミヘビに勧められ、ポリポリとヒジキ菓子も食べました。
ウミヘビは「ねぇ、空のお話をして下さらない?海の底には届いていないのがいいわ。」と頼みました。月は得意げに、星々から聞いた噂を話し始めました。ウミヘビはたいそうな聞き上手で、月は夢中で話をしました。
二人が話を始めて長い時間が経ちました。すると突然、岩の陰からヒトデ電話が現れ、大きな声が伝わってきました。「もしもし!こちらは星です!間もなく太陽が沈みます!お月さま、すぐに帰って来て下さい!」月は、慌ててウミヘビに挨拶をし、大急ぎで海の裂け目を昇って行きました。
海面では雲が風を呼んで、月が戻るのを待っていました。風が空を裂き、雲が月を押し上げます。皆で空を駆け上がり、夜の帳が降りる前に、空へ戻ることができました。
 空へ戻った月は、いつもの椅子に座ります。愉快な旅を終え、興奮冷めやらぬといった様子です。きっと、今日の出来事を、夜通し星々に話して聞かせるのでしょう。