急いでも間に合わないこともあるが、急がない訳にはいかない。_4

走って、走って、走った。
髪の毛を振り乱して、森の中を蛇行しながら走った。
それを見ていた、いのししは笑う「今さらもう間に合わないよ」
それを見ていた、鹿は涙を浮かべる「もう間に合わないよ」
(いのししは森のスナックのママで、鹿はチーママだ。)
スナック蝶々の窓辺から、様子を伺っている。

それを見ていた樹木は、言う
「ずっと森の方を見ていたよ」
「待っているようだったよ」
「あなたを待っていたのか、列車を待っていたのかは分からないけれど」

夜通し呑んだくれて、化粧の崩れたいのししが言う
「で、あんたはどうしたい訳?」
夜通し呑んだけれて、声のしゃがれた鹿が言う
「ずいぶんと後悔がおありなようだけど、それをどうするつもり?」

そんなこと分かるもんか。
速く、速く、速く、今は駆けるだけだ。
もう一度、もう一度、会えさえすれば、言葉は自然と出て来るはずだ。

「直に会っても、何にも伝わらないこともあるのよ」
醜態をみるのも、飽きてしまったのか、いのししが投げやりに言った。

「私を持って行って!」足元で桃色の花が言った。
躓きそうにになりながら、慌てて減速し、彼女を摘み取った。
これを手渡しさえすれば、きっと伝わる。

駅が見えた。芋虫列車は出発し始めたようだ。
ホームに立つと、振れている芋虫の尻が見えた。
乱暴に摘み取ったせいで、桃色の花は萎れてしまっていた。
強く握っていたせいで、桃色の花は潰れてしまっていた。