手_1

 村の外れ、小高い山の麓に男の家はあった。男は祖父の代からの小作農で裕福な暮らしとは無縁だった。けれど、男には宝物があったので、貧しい暮らしが苦ではなかった。
 男の宝物は妻と一人娘であった。周囲に勧められるまま一度も会わずに迎えた妻は、大層よく出来た女だった。日々の炊事、洗濯、野良仕事を要領よくこなし、それらの仕事の合間に針仕事も請け負っていた。日がな一日休むことなく働く妻が、愚痴をこぼすところを男は見たことがなかった。
 また、夏の冷害のため不作であった年の冬、親子三人の慎ましい食卓は一層寂しくなった。汁ばかりで具のない椀物と三等分した芋が続いた。芋があるだけマシだと男は思っていたけれど、正月を迎える準備ができないことは少し残念に思っていた。
 そんなある晩、妻は男に町への外出を願い出て、何も考えずに男はそれを許した。翌朝に妻は大きな包みを担いで出掛けて行き、日暮に小さな包みを抱えて戻って来た。その日の晩の食事は久々に麦飯が出た。察した男があえて妻に麦の出所を問うた。妻は町で自分の着物を換金し、一握りの白米と一抱えの麦に変えてきたと答えた。「このように非力な私でも、親子三人の暮らしを支えることができ、大変嬉しゅうございます」妻は微笑んだ。男は、何とよく出来た女だと、感嘆の溜息をついた。その年の正月には、麦の混じった白米を食すことができた。