手_2

 男とこの良妻との間には一人娘がいた。娘は口数こそ少ないものの、男や妻の仕事ををよく手伝った。さらにこの娘「娘の姿を見た鷺が、その麗しさに目を眩ませて、田んぼの中に落ちてしもうた」と村人の間でまことしやかに噂するほどの美人であった。よく働く妻を、美しい娘を持ち、男はこの上なく幸せであった。
 翌年は、豊作で米はよく実った。豊作の中でも男の耕した田んぼの米は粒が揃っており、地主の覚えもよかった。男はこの上なく上機嫌で過ごしていた。そんな年の暮れ、妻は井戸端で倒れた。楽天家の男は、妻に床に臥せっておれば大丈夫だと言い聞かせた。しかし、あっという間に妻の精気は失われていき、内医者に診せる間もなく、妻は帰らぬ人となった。
 男は自分の配慮が足りなかったことを妻の親族に詫び、働かせ過ぎてしまったことを心の内で妻に詫び続けた。いつも通りの野良仕事をしていても、妻の代わりに家の事をしていても、気が付くと涙が零れてしまう始末であった。男は日に日に食欲を失い、やつれていった。
 そんな男を尻目に、娘は黙々と働いた。だんだんと男がやらなくなった家の事をこなし、無気力に田畑を耕す男を助けた。炊事や洗濯をする内に娘の白い指にはあかぎれができ、野良仕事に精を出すうちに細かった指は太くなり豆が出来た。梅の花が春の訪れを知らせる頃には、娘の手は鞣した皮のような働き者のそれとなった。