渦の中_1【下書き】

 街の人口が百万人を超えると、コアな客層だけを相手に商売ができるらしい。僕が住む街にもそういった類の店がいくつかある。昔のヒッピーみたいな柄の服だけを置いている洋服屋ファイヤーキングのようなビンテージものだけの食器屋。僕はこういう場所にいくのが好きで、特に、ハリウッドものを上映しない単館の映画館が気に入っている。その日も大学の一限が終わるとすぐに、マンハッタンのタグの着いたの黒いバックパックを背負うと、気に入りの映画館へ行くために街へ出た。
 その日は霧雨が止まず、すっと降り続いていた。傘をさして歩いたけれど、足元が濡れてしまった。靴下が足の甲にはりついて気持ち悪かった。映画館の中に入り、顔なじみのスタッフに微笑みかける。また来たね、という軽口と共にチケットを渡された僕は、上映室の扉を開けた。客は僕一人だった。雨の火曜日の昼間から無名の洋画を見ようと思い、実行できる奴はこの街にも多くないらしい。貸し切り状態の客席のど真ん中に鞄を置いた。腕時計を見ると上映までまだ十五分時間があった。僕は一服しようとロビーに出た。ロビーの隅に置かれた灰皿の横の壁に体を預ける。元は白かったであろう、クリーム色に変色した壁をぼんやり眺めながら、煙をくゆらせた。
 入口のほうから、少女が一人現れた。この辺りで一番の進学校の生徒らしい、セーラー服の後ろ襟に星のマークが二つ刺繍されている。遠目にみても少女の顔が整っているのがわかる。金色に近い茶色の髪をポニーテールにし、整った横顔には大きな瞳が輝いている。彼女は紺色のスカートのすそを思いっきりすそ上げしており、そこから見える脚は、とても白かった。