とある海に貼り付けられた女神の独白

 女神はある男の祖父に一目ぼれをした。(その人は男の祖父に当たる)三線を爪弾きながら謡う島唄が絶品で、女神はその声の虜になった。
 惚れて、惚れて、惚れぬいた女神は、その島の海に長居をしてしまった。女神が長居をすると、海底の岩石は隆起し、そこには渦潮が生まれる。
 男は漁師をしていたが、渦潮が出来たせいで、今まで通っていた近海の豊かな漁場に真っ直ぐと向かうことができず、彼の暮らしは段々と傾いて行った。
 男は冬の間漁に出るのを止め、町へ杜氏として働きに出ることにした。そうして、女神は男の真っ直ぐと伸びる歌声を情感豊かな三線を聞くことができなくなった。 
 元来、神様と女性は薄情な生き物である。男の声が聞こえなくなると、女神はその辺りの海から姿を消してしまった。
 次の春、男が酒蔵での仕事を終え漁村に戻ってくると、不思議なことに渦潮治まっていた。潮の流れの不自然な変化を訝しむ者もいたが、大半の者は「なんだか分からないが、これはよかった」と再び漁に出られることを喜んでいた。
 男も後者で、冬の間放っておいた舟を修繕すると、櫂を漕いで漁に出た。 海底が沈降したおかげで、潮目が変わったらしい。その年は近年稀に見る豊漁となった。

 (先述の男の孫である)男は、無実の罪で舟送りの刑に処された。舟送りとは、罪人にたらふく酒を飲ませ、罪人が眠っている間に舟に乗せ、沖へ向かって舟を押し出すこの島特有の刑罰である。
 大抵の罪人は、舟の上で渇きに嘆きながら絶命していくのであるが、なぜか男は生きていた。その上、渇きも飢えも感じていなかった。しかし、頭の方はまいってしまっているらしい。頭の中に女の声がこだましている。不思議に思い、両手で耳を塞いでも女の声は頭に響いている。女の声は言う。
「何も考えず、何も思わず、お前の中に入り込んだと思うのか?」
「本当に、そう思っているのか?」
「どうして人間というやつはそんなにあほうなのか」
「いい加減、こちらを見てくれりゃぁいいのに」
「それだけのことなのに。どうしてそれが叶わない」
 男にはさっぱり意味が分からなかった。しかも、女がすすり泣きだしたので、途方に暮れてしまった。泣いている女というのは理屈がまるで通じないことを、経験上男は熟知していたからだ。