対岸の島

対岸の島が霞んで見える。
こちらから向こうの浜辺までは体力のある男ならば泳いで渡れるであろう距離である。
けれども、それをするものはいない。東西に流れる強い潮のせいで、どんなに真っ直ぐに進もうとしても、あらぬ方へと流されていくからである。
そんな潮の流れも新月の大潮には変わる。
舟の船頭が要らぬほど、こちらから向こうの対岸まで真っ直ぐに進むのだ。
迷いのあるものや行き場を無くしたものが、小舟で対岸へと渡る。
大勢のものが渡ることはないが、渡るものが絶えることもない。
新月の大潮の晩、海は濃い霧に覆われる。

選択の霧、裁きの霧と呼ばれている。
小舟は迷わずに対岸へと着くこともあれば、戻ってきてしまうこともある。
そして、戻ってきた時の時の姿かたちは、出た時のそれとは変わっているのだ。
鳥になるもの、小石になるもの、花になるもの、人の姿で戻ってきたものはいない。

では、対岸へ着いたものの姿はどうなってしまうのか。
小舟に体を預けて、目を閉じている内に対岸へと着く。
その間に体が変じる。ある男は女へと変わってしまったそうだ。
髪が短く揃えられていたので、尼と間違えられ、寺へと連れていかれたらしい。
らしい、といのはそのものを見た者がいないからだ。