女神の気まぐれに、命を託す

世襲制の国で起きたクーデター。
夜襲の隙をつき、王は幼い王子を連れて馬を走らせた。
付き従うのは両手で足りる程までに減った従者たち。
王子の命を長らえさせたいと、王は必至であった。
父の懐に抱かれた少年は、馬上で父の羽織の裾を黙って握り占めていた。

とうとう、海岸線まで追い詰められた王たち。
朽ちかけて打ち捨てられていた小舟を見止めた父は、息子をそれにのせた。
緊張のためか王子は、王の羽織の裾を離すことができなかった。
王はその羽織を返し、王子の頭を覆うように被せた。
膝まで海水に浸かりながら、王は従者と共に小舟を沖へ押し出す。

潮の流れのせいで、一度海に出た舟はこの島へ戻ることはない。
王子がこの島に帰ることはないだろう。
そして、王子は王になることはないだろう。
それでも息子に生きていて欲しい、それは王ではなく、父の願いだった。
そこには王族の誇りはなく、この命を絶えさせまいとする父の姿だった。