渦の中_5【下書き】

  僕はゆっくりと目を開ける。メガネのレンズに極彩色のインクが飛び散ったような有様で、僕の視界のほとんどは、赤や黄色、紫で占められている。一瞬その視界に怯んだ僕は、気持ちを落ち着かせるために、もう一度目を閉じて深呼吸をした。すると、果実のような甘いにおいがする。目を開けて臭いのもとをたどると、それはメガネに付いた極彩色の液体だった。
 好奇心に駆られた僕は、その極彩色の液体を指で掬い取り、花の近くで臭いをかいだ。やはり、甘いような、酸味のあるような果実のにおいがする。こらえきれずに、指に付いたその液体を口に運んで舐めてみた。イチゴのようなバナナのような味が微かにする。アイスクリームのようだった。
 「なぁんだ、あんまり汚れてないじゃん」「つまんないなぁ」背後からの声に驚いて、振り返る。そこには、僕の前方の席に座っていたはずの少女が、一つ左後ろの席にいた。少女は背もたれに両腕を置くようにした前のめりの姿勢で、つまらなさそうな顔をしている。さらに、前のめりになって、僕の顔を覗き込む。「汚れたのはメガネだけ?」少女は口を尖らせて言う。驚きのあり声が出ない僕は、少女に向かって小さく頷いた。少女は、その表情のせいか、ロビーで見た時よりも幼く見える。