渦の中_8【下書き】

 足裏からは地面に着いた感覚が、尻や背中からは座席に着いた感覚が失われた。目を閉じたままだったが、真っ暗な中にいるようだろうことは推測できた。尚の事、恐怖心が増す。「浮いてる?僕は浮いてるのか?」自問自答を繰り返しはしたが、確かめるために目を開けられずにいた。
 そうこうしている内に、まぶたの裏側が明るくなってきた。思い切って、僕は目を開けた。上映室の中に居たはずなのに、そこは、映画館の外で、温まっているアスファルトの上に僕は立っていた。
 背後から何かが擦れるような音がし、僕は思わず首をすくめた。次は何が起こるのか。恐る恐る、僕はそちらへ顔を向けた。目の前の光景が信じられず、僕は思わず二度見した。三度見だったかもしれない。そこには、先ほどの少女がいて、彼女は新緑の色をしたマウンテンバイクに跨り、映画館の隣のビルの壁を走っている。セーラー服を着たまま、空に向かってマウンテンバイクを漕いでいるので、彼女の真っ白な太ももが露わになっている。少女は、スカートの裾がひるがえっていることを気にもとめずに、ニタニタ笑いながら、ビルの壁を颯爽と登っていった。
 目の前の光景を僕が飲み込めずにいる間に、少女はビルを登り切り、風を捕まえて空の中を走り去っていった。彼女の姿は豆粒大になり、米粒大になり、視界から消えてしまった。どのくらいの間、アスファルトの上に僕は取り残されたのだろう。真昼の太陽に焼かれた僕の背中は地面と同じくらい熱くなっていた。
 背中の熱さに正気を取り戻した僕は、大きく息を吐いた。極彩色のクリームで汚れたメガネを洗い、鞄を取るために(そこにあるかどうか怪しいけれど)、もう一度映画館の扉を押し、中へ戻った。