男の見た夢_3

 どうしても黄金の石が欲しくなった佐吉は、三日三晩考え続けた末、ある噂を流し始めた。古戦場でかっぱらいをいている作造は、他人様の古女房もかっぱらうようになった、と。町の古道具屋の斜向かいにある薬問屋があり、ここの主人は行商のため家をよく空けた。間の悪いことにその頃作造は、この薬問屋の後家に色目を使われており、その様子を何度も人に見られていた。そして、薬問屋の主人は薄々、自分の女房が作造に色目を使っていることに気付いており、それを大いに疎ましく思っていた。佐吉は事の委細を全て聞き知った上で噂を流したのだった。
 小さな町の中を噂があっという間に駆け回り、事はどんどん大きくなった。薬問屋の主人が行商から戻って来た時には、噂を知らぬ者は町にはいなくなっていた。当然、主人の耳にも、すぐにその噂は入ってきた。主人が後家に事の真偽を確かめると、責めを負うを避けようと後家は嘘をついた
 「あんたの留守中に、作造から何度も言い寄られてさ。最初は、すぐに断ったよ。でも、あの男がしつこく訪ねてくるものだからね。」「そりゃ、だんだんとね、こちらもいい気になってしまったことはありますよ。」「でもね、作造と私の間には何もなかったんですよ。あの意気地なしじゃ、最初っから何もできやしないんですよ。」後家が嘘をついた理由はもう一つあった。どんなに言い寄っても、色目を使っても全く自分になびかなかった作造に、それを面白可笑しく噂する町人たちを、彼女は逆恨みしていた。 
 栗問屋の主人は、自分の誇りを失わぬために、後家の言い分を十割信じることにした。町人たちがまことしやかに流す噂は、すべて嘘なのだと思うと決めた。そして、作造の人の妻に言い寄った罪を、領主へ訴えた。領主は即日、薬問屋の後家と作造を呼び出し、双方から事情を聴いた。もともと口の達者な後家の言い分に、もともと無口な作造はほとんど反論できなかった。恨み心にまかせて、後家が作る嘘の筋書きは理路整然としていおり、領主もその言い分を認めざるを得なかった。こうして作造は、身に覚えのない不義密通未遂の罪で裁かれることになった。作造の裁きが決まった時、夫婦は薄く笑ったように作造には見えた。
 この島での罪の償いは、すべて新月の夜に小舟に乗せての流罪である。作造は、酒をたらふく呑まされて、酔ったところを小舟に移された。小舟の舳先には、海の神様への捧げものの印として、白い紙の上に盛った塩と、白い器に注がれた真水が置かれた。小舟が波に乗るまで押していく役の三人は、島では誰もが知っている祈りの言葉を十一回唱えた。準備は整った。三人は小舟を後方から海に向かって押していく。海水に浸かり始め小舟は段々と軽くなってゆく。押し進めていくと、やがて小舟は、自然と沖に向かって動き出した。三人は小舟から手を離し、膝上まで海水に浸かりながら、小舟が見えなくなるまで見送った。