男の見た夢_6

「女の体にして、向こうの島に流してしまうのはどうでしょう。女の身になり、その苦労を負うのは、この者にはちょうど良い裁きではありませんか。」やや興奮しているのか、女の声は先ほどより高い様に聞こえた。
「ほうほう。」「うむ、それは前例がないな。」
「ワシは、それで良い。何事にも初めてはあるものだ。責任はワシが持とう。思うようにやってみなさい。」
「では、散会ということでよろしいかな。」
四方八方から聞こえていた声はおさまり、静かになったことに安堵した作造は深い眠りに落ちていった。
 (作造は夢だと思っていた。)

 作造の話をしよう。作造は小作人と古戦場でのかっぱらいで生計を立ててはいたが、それは彼の本職ではなかった。作造は、彼の祖父によって諸術を叩きこまれた武芸の達人である。祖父、父と共に幼い頃から戦場で生きて来た。白島に新たな武器が持ち込まれ、部族間での争いが終わったのは、祖父が五十五歳、父が三十五歳、作造が十歳の時分であった。戦が終わってしまい、やることがなくなった祖父は作造を鍛えることに注力した。作造は、祖父が他界した十五歳まで鍛えられていた。その間、父は生計を立てるため、小作人として野良仕事をし、古戦場でかっぱらいをしていた。祖父が他界すると、初めに父は、作造に小作人としての仕事や振る舞いを教えた。次に、古戦場でのかっぱらいの技術、いかに他のかっぱらいを避け、値の張りそうなものを見つけるか、を教えた。作造が、小作人としても、かっぱらいとしても一人前に振る舞えるようになった頃、祖母が他界した。祖母の葬儀の後、父は妻を供養せねばならぬと言い、出ていった。作造は独りになった。
 作造は、もともとどこか高貴な血筋なのだろう。眉目秀麗であった。ただ、本人は自分の容姿に興味がなかった。毎日、働いて生きてさえいればいい、そう祖父にも父にも教わっていた。「運が尽きた時、命が尽きる。それまでは、ただただ生き延びろ。」これが彼の教わった人生哲学だった。なので、小作人の仕事の合間に村の娘に言い寄られても、薬問屋の後妻に色目を使われても、作造は何にも思わなかった。騒がしい娘たちよりも、寡黙だが美味しい食事を作る祖母の方が作造は好きだった。
 島流しになることが決まった時も、「命運が尽きたのだ。」と静かに考えていた。と、同時に、身につけた諸術を生かせば、どこででも生きていけると思っていた。
 目蓋が照らされる、夜が明けたようだ。作造が目を細く開けると、目の前は、小舟の木枠に切り取られた青空があった。小舟は動いておらず、どうやら、どこかの浜に着いたようだった。眩しさに、作造は腕を上げて目の周りに影を作った。伸ばしたままの姿勢のせいで痺れた足を、膝で折り曲げてみる。手足は問題なく動いた。昨晩呑まされた酒のせいで、ひどく喉が渇いているが、それ以外に体の不調はないようだった。なぜか作造は裁かれることもなく、他の物に姿を変えることなくもなく、命長らえたらしい。作造はそのことを不思議に思いながらも、喉の渇きに耐えられず、舟を降りるため身を起こした。
 小舟は、砂利の多い浜についていた。浜の傍の防風林を目指して歩いた。体中の水が抜けたせいだろうか、履物が一回り大きく感じる。防風林を抜け、目に入った緑の小山へと向かった。木々を分け入り、上へ上へ登ると、清水が湧いているのを見つけた。作造は、腰を下ろして、前かがみになり、差し出した手を柄杓代わりに水をすくって飲んだ。前かがみの姿勢になると、伸びた髪がさらさらと顔の前に流れて来た。髪がこんなに長くなるまで、俺は寝ていたのであろうか、作造はその考えに身震いをした。もう一度水を飲むために、腕を伸ばした。やはり、長く眠っていたのだ、腕が細くなっている、作造は己の考えに確信を持ち始めた。二度目の清水が体中を巡り、身体の渇きを潤してくれる。「うまい」作造の出した声は、女のように高かった。
 

白雪姫と七福神_【覚書】

鏡よ、鏡よ、鏡さん、私の王子様はどこにいるの?
あなたの王子様はここより、200Km程離れた小島におります。
何をしている方なの?
漁師にございます。しかも貧しい暮らしをしております。
まあ、漁師なのね!しかも貧しいなんて。
私、会いに行かなくちゃ!そしてその方を今の生活から救って差し上げなければ。

男の見た夢_5

 酒をたらふく呑まされた作造は、浅い眠りの中にいた。彼は大海原の中に、一人小舟で放り出されたはずである。しかし、彼を取り巻く様に、四方八方から声聞こえた。
「なんたる阿保だ。」
「確かに阿保だな。どうしようもないな。」
「だから言っただろう、こいつは大層な阿保だと。」
「いえいえ、この者は、だただた正直なだけなのです。」
「そうさな、生まれさえ良ければ、もう少しましな選択をしただろうな。」
「氏より育ちか、わしはそれを信じられんよ。どんな所に生まれようと、ましに育つものは、ましな生き方をするよ。こやつは、ただ、そう生まれなかっただけだ。」
「いやいや生まれた家は、大切ですよ。人は広い世界を狭く切り取った、世間ってところで育ちますから。どう切り取られるかは、大切です。」
「いや、ワシの知る限り、どんな世間に生まれても、育つやつには、強い意思は必ず育つものだ。」
 年老いた三人の声だった。彼らの、氏より育ちという決着のつかない言い争いは延々と続いている。作造は聞くともなしに耳を傾けながら、この阿呆というのは俺の事ではなかろうか、とようやく疑い始めていた。
「ええい!じじぃども、終わったことをいつまで話している!」威勢のいい女の声が、老人たちの終わりのない論争に割って入った。
「今、我々が話し合うのは、この者の処遇ではないのか?」
「さもありなん。」「確かに、確かに。」作造は、老人たちが大人しく女に従う様を想像した。何とも可笑しな光景である。ぜひそれを見てみたいと目を開こうとしたが、目蓋は糊付けされたように固く閉じられており、開けなっかった。
「さて、どうするかの。」
「うむ、どうしようもない阿保なのだ。この者も腹は決まっているようだし、いつもの通りでよいのではないか。」
「そうかの。ワシには、腹が決まっているというよりは、決まってしまった流れに流されて来ただけに見えるな。」
「まあ、未遂とは言え、女絡みの罪だ。いつも通り、花にしてやるのがよかろうさ。」
「花ねぇ。花にするには艶っぽさが足りんようにワシには見えるのぅ。」
「そうか、では、蝶にでもするか。」
「蝶は、物を盗んだものが変わる姿であろう。決まりは決まりで守らねば。」
「そうか、では、石にしておくか。」
「石は、火をつけた者が変わる姿であろう。決まりは決まりで守らねば。」
「では、どうするのだ。」
老人三人は深々と溜息を吐き、しばらく押し黙っていた。面倒くさい、とその沈黙が雄弁に語っていた。
「お三方、私に妙案がございます。」女の声が言った。
「自分で自らの案を妙案などと言わぬ方がいいぞ。まあ、何だ、何を思いついたのだ。」



男の見た夢_4

 首尾よく作造を排した佐吉。早速次の日の朝早くまだ暗い内から、灯をもって例の滝へ出かけた。逸る気持ちを押えきれない佐吉は、前を向いて走る様に沢に沿って山を登っていく。佐吉の持っていた灯が、蛍のように左右に揺れた。灯の日が滝の傍で自然と消えた。東の空が白み始めたばかりで、まだ太陽は地平線の下にいた。灯が消えたせいで、山の奥にある滝の周りは真っ暗だった。
 黄金を手にすることばかり考えていた佐吉は、灯の火が自然と消えたこともさほど気にせず、一歩一歩確かめながら滝に近づいていく。崖の端に足が付いた。そこから二三歩下がった佐吉は、着物を脱ぎ、腕を回し潜る準備を始めた。そうして、三歩進んで滝壺の中へ飛び込んでいった。水は切る様に佐吉の肌を刺す。なんだか体も重い様に感じた。佐吉は、滝の落ちているに方へ進んでいく。そこには、石がゴロゴロと転がっているのが見えた。佐吉が急いで近づいていくと、鈍く光る石が山のようにあった。
 佐吉は、その石の中で大きめのものを一つ拾うと、水面に向かって浮上しようとした。けれど、思うように浮かぶことができなかった。泳ぎの得意でない佐吉は、何度も体を捻って、何とか水面に浮上しようと試みた。けれど、佐吉の体は何かに押えつけられているようで、浮かぶことができない。とうとう、佐吉は滝壺の中で大きく息を吐き出した。思わず水を飲み込んでしまう。「しまった」佐吉がそう思った瞬間、佐吉は彼を押えつけていたものと目が合った。古びた石仏が、じっと佐吉を見ていた。佐吉は苦しさのあまり両手を広げてもがいた。黄金の石は、もとのあった場所に沈んでいき、佐吉の身体は、それを追いかけるように一度沈んでいった後に、背中から水面に浮上した。
 佐吉が仕事場に現れないことに、番頭は怒り狂い、他の使用人たちに当たり散らしていた。店で使っている灯が一つないことに、使用人の一人が気づいた。作造を真似て、古戦場にでも通うようになったのではないかと、佐吉と最も仲の良い使用人が言った。ここ最近、佐吉は作蔵の後をよく付けていたのを見た、とその使用人は付け加えた。「本当にしょうもない奴だ」と番頭は吐き捨て、佐吉の分も、皆が倍働くようにと言い添えた。佐吉が一人がおらずとも、店は何事もなかったように回っていく。

男の見た夢_3

 どうしても黄金の石が欲しくなった佐吉は、三日三晩考え続けた末、ある噂を流し始めた。古戦場でかっぱらいをいている作造は、他人様の古女房もかっぱらうようになった、と。町の古道具屋の斜向かいにある薬問屋があり、ここの主人は行商のため家をよく空けた。間の悪いことにその頃作造は、この薬問屋の後家に色目を使われており、その様子を何度も人に見られていた。そして、薬問屋の主人は薄々、自分の女房が作造に色目を使っていることに気付いており、それを大いに疎ましく思っていた。佐吉は事の委細を全て聞き知った上で噂を流したのだった。
 小さな町の中を噂があっという間に駆け回り、事はどんどん大きくなった。薬問屋の主人が行商から戻って来た時には、噂を知らぬ者は町にはいなくなっていた。当然、主人の耳にも、すぐにその噂は入ってきた。主人が後家に事の真偽を確かめると、責めを負うを避けようと後家は嘘をついた
 「あんたの留守中に、作造から何度も言い寄られてさ。最初は、すぐに断ったよ。でも、あの男がしつこく訪ねてくるものだからね。」「そりゃ、だんだんとね、こちらもいい気になってしまったことはありますよ。」「でもね、作造と私の間には何もなかったんですよ。あの意気地なしじゃ、最初っから何もできやしないんですよ。」後家が嘘をついた理由はもう一つあった。どんなに言い寄っても、色目を使っても全く自分になびかなかった作造に、それを面白可笑しく噂する町人たちを、彼女は逆恨みしていた。 
 栗問屋の主人は、自分の誇りを失わぬために、後家の言い分を十割信じることにした。町人たちがまことしやかに流す噂は、すべて嘘なのだと思うと決めた。そして、作造の人の妻に言い寄った罪を、領主へ訴えた。領主は即日、薬問屋の後家と作造を呼び出し、双方から事情を聴いた。もともと口の達者な後家の言い分に、もともと無口な作造はほとんど反論できなかった。恨み心にまかせて、後家が作る嘘の筋書きは理路整然としていおり、領主もその言い分を認めざるを得なかった。こうして作造は、身に覚えのない不義密通未遂の罪で裁かれることになった。作造の裁きが決まった時、夫婦は薄く笑ったように作造には見えた。
 この島での罪の償いは、すべて新月の夜に小舟に乗せての流罪である。作造は、酒をたらふく呑まされて、酔ったところを小舟に移された。小舟の舳先には、海の神様への捧げものの印として、白い紙の上に盛った塩と、白い器に注がれた真水が置かれた。小舟が波に乗るまで押していく役の三人は、島では誰もが知っている祈りの言葉を十一回唱えた。準備は整った。三人は小舟を後方から海に向かって押していく。海水に浸かり始め小舟は段々と軽くなってゆく。押し進めていくと、やがて小舟は、自然と沖に向かって動き出した。三人は小舟から手を離し、膝上まで海水に浸かりながら、小舟が見えなくなるまで見送った。

男の見た夢_2

 作造はまっすぐに滝壺の方へ潜っていった。夢の中で石仏が消えていった辺りには石がゴロゴロと転がっていた。近づいていくと、無論そこには石仏はなく、鈍く光る石があった。その石を一つ拾うと作造は水面に浮上した。水から顔を出し、石を見るとその石は太陽の光を受けて黄金色に輝いた。岸辺に這い上がると、作造は石を高々と掲げた。きらりと光った石。石の光を受けて、眩しそうに目を細めながら作造は思案した。
「仏様さりがとうございます。」というと手ぬぐいで体を拭って、粗末な着物を着、そそくさと山を下っていった。
 作造は、野良仕事の合間、小遣い稼ぎに古戦場へ行き目ぼしいものをかっぱらっては、街の古道具屋屋に売っていた。なので、この鈍く光る石の引き取り手に心当たりがあったのだ。この時期の野良仕事は多いが、日差しも強い。朝夕の野良仕事の合間には、日が西の空へ傾くまでたっぷりと休憩をする。朝の野良仕事を終えると、仕事仲間に「古戦場へ行く」と告げて、作造は一応古戦場を通ってから街の古道具屋へ向かった。
 石には作造が思っていた以上の値が付き、その金で作造は意中の娘へ紅花のついたかんざしを買って、贈った。金のないはずの作造が上等な品を贈って来たことを、娘は不信に思い両親に相談をした。気のいい両親は、また古戦場へ行き、そこで当たりを引いたか、貧しい暮らしを切り詰めたかしたのだろう、と好意的に返した。それでも、娘の不信は拭えなかったし、どちらにしても育ちのいい娘にとっては気持ちのいいお金ではなかった。そこで、娘は、店の番頭にも相談をした。番頭の返事も両親と似たり寄ったりだった。年長の三人にそう言われて、娘もしぶしぶ認めたようだった。それでも、気持ち悪がって、そのかんざしは、装飾品を閉まっている小さな漆の箱の一番奥にしまった。

 村の三男坊で、その店で丁稚から鍛えられた使用人の佐吉がこの話を聞いていた。この佐吉は金の匂いに対して、ひどく鼻が利く。上手い儲け話だったならば、自分も乗らねばと佐吉は思った。佐吉は、数日間、店の使い走りの合間に、作造の後を付け、どこへ行くか見張っていた。七日目の早朝、佐吉はとうとう、作造が滝壺へと潜っていき、その中から黄金の石を拾ってくる姿を見た。そうして、その黄金の石を古道具屋へ売りに行くところまで確かめた。
 番頭は、ここ数日の佐吉の仕事がおざなりなので、ひどく叱った。叱られながら佐吉は、金があったらこんな暮らしから逃げられる、と思った。そう思うと、作造の拾っていた黄金の石がますます欲しくなった。どうしても、欲しくなったのだ。

男の見た夢_1

ある晩、作造は夢を見た。夢の中で作造は山中を歩いていた。目の前には石仏が浮かんでいる。それは、田畑へ向かう途中の道にいらっしゃる石仏で、作造は何んとなしに、願をかけることもなく、「有難や有難や」と朝夕手を合わせていた。ふわふわと風にのり漂う石仏の後を、作造は追いかけた。石仏は山道を登り、沢の方へ向かっていた。普段は熊が出るからと、作造も周りの者もその沢には近づかなかった。
 沢に着いた。沢の片岸に紅色をしたひし形の花が咲いている。何という花だったか、と作造はぼんやり思った。石仏は作造の様子など意にかけず、沢に沿って山の奥へ奥へと昇っていった。物思いをしていた作造、自然と視界が下向きになっていた。すると、ごごう、という大きな音が聞こえて来た。驚いて、作造が顔を上げるとそこには滝があった。作造の身の丈の5倍の高さから、真一文字に水が落ちている。その滝に着くと、それまで作造に背を向けていた石仏が、くるりと振り返った。そして、ふんわりと微笑むと石仏は滝壺の中へ消えていった。
 あばら家に隙間から朝日が入ってくる。その眩しさで、作造は目覚めた。粗末な茣蓙の上に寝転んだまましばらく考えた。あばら家の天井は、屋根の裏がむき出しで、雨漏りしている所が黒く変色している。やおら、男は起き上がり、身支度をし始めた。顔と口をすすぎ、手ぬぐいで拭った。粗末な寝巻を脱ぎ、粗末な野良着を着て、今にも鼻緒が切れそうな草履をはいた。作造は、野良仕事の始まる前に、夢で見た滝へ行くことにした。
 作造が外へ出ると、濃紺の空はちょうど白み始めた頃だった。太陽のまだ昇っていない中を、男は山に向かって歩いた。山に入るとまだ足もとが暗かった。それでも作造は夢で辿った道の記憶を頼りに山を登った。作造が沢を見つけた頃に、そらはより明るくなっていた。沢に咲いていたひし形の花は、夢より一層濃い紅色だった。昔、ばあさまが、あの世とこの世の境の川辺にも紅い花が咲くと言っていたな、不意に作造は育ての母である、祖母の顔を思い出した。そういえば、あの石仏はばあさまに少し似ている、作造は思った。
 作造は、沢に沿って山を登り続けた。熊には出会わなかった。道中、作造は下向きに歩いて、物思いに耽った。あの紅い花模様のかんざしを拵えたら、あの娘にさぞ似合うに違いない。紅い花は、漆だろうか紅玉だろうか。どちらも俺の稼ぎでは出が届かぬがな。ごごう、という大きな音が聞こえた。作造は物思いから現実に立ち戻り、音のする方を探しながら歩いた。作造が滝を見つけた頃には、太陽が男の背中を明るく照らし始めていた。「こりゃ急がないかんな。遅くなってしまっては、与平辺りが地主に告げ口するやもしれん。」作造の独白は滝の音に吞み込まれ、消されていく。
 ずいぶん歩いたので、喉が渇いていた。作造は滝壺の方へ近づくと、手を柄杓代わりに水を飲んだ。水の中をのぞき込む姿勢になった時、何かが光って見えた。どうしても何が光ったのか知りたくなった男は、着物を脱いで辺りの木にかけ裸になった。ざぶんと、音を立てて水の中へ入っていく。初夏の水は冷やりと作造の肌を刺激した。山を登って火照っていいた身体は、あっという間に冷えていった。